2014年06月28日

いつのかの思い出になって欲しい

子供が精神的に病んでいくのを見るのは親として辛い。

「なんとかしてよ」と息子から助けの言葉きても、親はなす術がない。

いいところ、医師からもらってきた薬を倍量だしたりするぐらいだ。

「瞑想」の時は「前向きな気持ち」になったそうだけれど、家に帰ってくると、もう、いけない。

あらゆる誘惑が「それはさぼれよ」と囁いててくる。

その囁きに耳を貸して息子は家にいる。

午前中はジョギング等に行っていたのだが、午後からは調子が悪い。

「被害者モード」に入っている。

「あの時、●●してくれなかったから、僕の人生はこんなんだ。」とあることのせいにするのが被害者モードらしい。

このままでは人生が受け身だ。


「あの時、●●してくれたからこそ、今の自分があり、そんな自分に適した仕事があるはず、と理想論者はいう。

泣き叫ぶ息子の前で同じことを言ってくれよ。

「何もやりたいことはない。生まれてからずっとやりたいことなんて見つからなかった」と泣かれるのがおちだ。


その被害者モードから抜け出すために、カウンセリングがある。

でも、この時代を「苦しいだけの時代」と記憶に残さないでほしい。

こんな時代があったからこそ、今の自分があるのだと思えてほしい。

なんなら、この時代のことを小説にしてもいい。


一番、辛いのは妻だ。

息子を誰よりも考えているは妻だ。

その妻に息子は「やることがなくてイライラする」とあたる。

早く平和な日々が来ることを祈っています。


ラベル:ADHD
posted by ホーライ at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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