2014年01月21日

「劇団主宰者」を息子に持つと(その3)

息子が主宰している劇団の第7回公演が昨日、終わった。

息子は多分打ち上げで、まだ帰宅していない。

彼の劇団のツイッターを見ると、今回の公演を見た人の感想がある。

その感想の多くは「良かった」「面白かった」「ついに多摩美(息子の卒業した学校)からこんな過激な劇団が出た!」

など等の概ね、良好な感想が多かった。

演劇の評価も親としては興味があるが、それよりも何よりも、無事に全ての公演が終わってくれて嬉しい限りだ。

どの程度の収益が出るのか分からないが(前回、初めて「黒字」になったそうだ)、好きなことを仕事にしてくれて、これまた、親としては嬉しい限りだ。

あとは、やっぱり、公演前の怒涛の1ヶ月を我が家で「爆発」せずに過ごしてくれるか、だ。

公演1ヶ月前からは「もうだめだ!」とか「もう間に合わない!」とか「死ぬしかない!」など等のネガティブな言動を「爆発的に」毎回、繰り返す。

そんなに辛いなら、もう止めればいいのに、と第三者的には思うのだが、それでも演劇をやりたいらしい。

僕の妻が言うには「出産は辛いけれど、どんなふうに辛いかは忘れてしまい、産まれた子どもがかわいくて仕方がないので、次の子どもを作るんだよね。それと一緒かしら」とのこと。

そうかもしれない。

「ゼロ」から人様からお金をとってまで見せられる程度の劇を作る、というプロセスは普通の人には考えられない。

これまた僕の妻が言うには「私の家系ではなく、あなたの家系の血を継いだのね」とのこと。

これまら「そうかもしれない」。

自分でゼロから何かを作って、人様にその作品を見せるというのは僕の父(歌人)から三代続く「文系かつ自己顕示欲」の血のなせる技だ。

2月には映画作成の手伝いがあり、主宰する劇団の第8回公演が4月にあるらしい。

当分、しばらくは、妻は息子の「機嫌の悪さ」を息子の寝起きから気にしないといけない。

劇作家を息子に持つと、「公演」1ヶ月から家の中は嵐のようなのだ(産みの苦しみ)。

その嵐を引き受けるのも親の仕事か、と。
posted by ホーライ at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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